• 三橋美穂

158. 創作した自分として存在する

(022/01/01)



年の瀬も迫る12月中旬に、年の近い従姉が亡くなったと連絡がありました。私は彼女が闘病していたことさえ知らず、驚きのあまり言葉を失いました。私の仕事での活躍を、応援してくれていた従姉でもあったからです。



それと同時に、ある出来事を思い出し、後悔に苛まれました。数年前に送ってもらった本のお礼を、伝えていなかったのです。受け取ったときは仕事が忙しく、本を読んでから感想と一緒にお礼を言おうと思ったのですが、そのまま月日が流れてしまいました。届いてすぐに「気にかけてくれて、ありがとう!」と一言連絡すればよかったのに、そうしなかった自分を責めました。



ちょうどこのとき、私が日常の中で取り組んでいたのは「寛大である」こと。この少し前に許容しがたいことが起こり、自分にパワーを与える言葉を探していたら、「寛大」に目が留まりました。「私は寛大な場である」と自分に宣言し、それに取り組み始めたら、立て続けに仕事の依頼が舞い込みました。

エネルギーは「Be(存在)⇒Do(やる)⇒Have(持つ)」の順に流れるからです。



寛大な場として自分が存在していたら、それにマッチした状況や環境が現れるのは自然なこと。自分の意識が拡大したことを、起きてきた出来事を通して認識することができました。



急なテレビの取材等にも対応しながら、忙しく過ごしている中で、従姉の他界を知ったのです。やるべきことをしなかった自分にも寛大であろうと、お香典を両親に託し、私は目の前の仕事に集中しました。



すると数日後に従姉の娘から、お礼の電話が入りました。病気の経緯や、亡くなった後の表情が幸せそうだったこと、私からは後悔の念を伝えることができました。そして驚いたのは、亡くなる2~3週間前にあったという出来事です。



足の冷えに悩んでいた従姉が、新聞広告を見て購入したレッグウォーマーに同封されていたカタログの中に、私の取材記事が大きく載っていたそう。それを見ながら「わぁ~、ここにも出てる!すごいね~」と私の活躍を喜んでくれていたと教えてくれました。

思ってもみなかった形で最後の挨拶ができ、天の計らいに私は感謝の気持ちでいっぱいになりました。



それからも「寛大さ」をテーマとして取り組み続けていたら、あるメーカーとの仕事の中で、私はさらに深く掴むことができました。



現場の担当者の意向は私と近いものでしたが、責任者である部長の考えは賛同しかねるものがありました。でもワンマンな部長の意見は、絶対的な職場です。部長に合わせてプロジェクトを進行させていくのが果たして寛大なのだろうか、それは迎合しているだけではないかという、葛藤が出てきたのです。



自分がどうであったら、そのプロジェクトを愉しめるだろうかと新しい創作を試みましたが、ピタッと来る言葉が見つかりません。そこでイメージしてみたのです。どうであったら私は満足かと。



そのオフィスを私は訪問し、いろんな人と関わっているシーンを思い浮かべました。

私が存在することで、そのエネルギーの影響を受けて、その場にいる人たちの在り方にポジティブな変化が生まれている。そうであったら私はうれしい。



そう思った瞬間に掴みました。

ただ、寛大な場である自分として、存在していればいいのだと。

寛大な人として何かをするのではなく「ただ存在している」、そのことなのだと。

そして起きてきたことに取り組んでいく。

それが内的成長であり、最高の人生なのだということを。



体験を言葉にするのは難しいのですが、これからも成長の階段を一歩ずつ上って行く私でありたい、そう思っています。