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  • 執筆者の写真三橋美穂

165. 睡眠に対する意識=生への意識

(2022/08/01)



日本の睡眠科学者には、2大天才と呼ばれている人たちがいます。一人は世界トップレベルの睡眠研究所、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の機構長、柳沢正史教授。もう一人は東京大学大学院 医学系研究科システムズ薬理学教室の教授で、理化学研究所のチームリーダーでもある上田泰己氏です。

柳沢教授は「オレキシン」という覚醒物質の発見等で、ノーベル医学賞候補として注目されてきました。文化功労者であり、紫綬褒章、ベルツ賞、朝日賞など、数々の受賞歴もある方です。

上田教授は学生時代にソニーコンピュータサイエンス研究所で細胞シミュレーションシステムの開発をしたり、27歳で理化学研究所のチームリーダー(教授同等のポジション)に就任。体内時計の解明や、臓器・全身を透明化する手法の開発等、あまたの功績や受賞歴があります。

そして、この天才2人が時を同じくして開始したのが「睡眠健診・検診」事業です。うつ病や統合失調症、アルツハイマー病などの精神疾患や中枢神経疾患、発達障害は睡眠に異常が現れることが多いため、睡眠を把握することは疾患の診断や予防、治療につながります。

「睡眠健診」の背景として上田教授が挙げたのは、中枢神経疾患の創薬は極めて困難であること。50~70年前から進歩しておらず、開発の仕組みを根本的に変える必要があると考えたそうです。

そこで、誰でも簡単に使えて、安価で正確に睡眠が測定できる腕時計型のデバイスを、5年の歳月をかけて完成させました。なぜ5年も要したかといえば、睡眠障害の検知に欠かせない中途覚醒を正しく検出するためです。

脳波や筋電図で測る睡眠ポリグラフィ装置のデータを100%とした場合、覚醒を判定できる確率は、Apple Watch 54.1%、Fitbit 42.4%、Actiwatch 37.0% 。それに対し上田教授が開発した「ACCEL」は、アルゴリズムを用いて82.2%まで確率を高めました。これは驚異的なことです。

一方、柳沢教授が開発した計測器は「インソムノグラフ」という簡易脳波計です。電極を額と耳の後ろに貼って、睡眠時の脳波を測定してAIで解析。医師のアドバイスや改善アドバイスを加えて利用者にレポートするサービスを展開しています。脳波を測定するため、睡眠の質も含めて臨床レベルの精度で評価できるのが強みです。

首都圏の施設を通じて睡眠計測サービスを利用した100人のうち、睡眠に大きな問題がなかった人は19%にとどまったそうです。実に5人に4人は改善や治療が必要だったのです。

睡眠不足や睡眠障害はメンタル不調だけでなく、肥満や高血圧、脂質異常症、糖尿病、認知症のリスクが高まることもわかっています。睡眠を客観的に知り、必要なアドバイスを受けることは、健康寿命の延伸につながっていくでしょう。

これまで現代人は、忙しさゆえに睡眠をなおざりにしてきました。日本人は世界一睡眠時間が短いことで知られており、慢性睡眠不足は勤労世代の約半数にのぼります。

上田教授は「睡眠は基本的人権の一つである」と述べています。小学生のときから「人間とは何か」「自分とは何か」を問い続ける中で、医学部進学を決めた上田教授ならではの本質的な観点に感銘を受けました。

柳沢教授も「なぜ眠らないといけないのか」「なぜ眠くなるのか」という本質的な課題に取り組んでいます。簡易脳波計で取得したデータはクラウドに保存されていくので、そのビッグデータを活用して、さらなる解明が期待されます。

これまで睡眠は過小評価されてきました。簡便かつ正確な睡眠計測が「健康診断」の一部として急速に広がっていくことで、人々の睡眠に対する意識=生への意識がトランスフォームするのではないかとワクワクしています。

商業至上主義の「睡眠負債大国」から、健康な睡眠がとれる「ゆとりある社会」へ、今後の変貌が楽しみです!

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