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  • 執筆者の写真三橋美穂

181. 人はなぜ眠るのか

(2023/12/01)




この根源的な問いに対する答えは、実はまだよくわかっていません。大脳を発達させた人間は、知的活動を営めるようになりました。脳の重さは体重の約2%ほどですが、脳が消費するエネルギーは身体全体が使うエネルギー量の約20%にも及びます。覚醒している限り脳は休むことができないため、睡眠の目的は「大脳の休息」と考えられてきました。



2000年前後に昆虫や線虫、イカやタコも眠るという報告が相次ぎ、「脳を持つ動物は全部眠る」と考えられるようになりました。



2017年にカリフォルニア工科大学などの研究で、脳がない「くらげ」も眠るという衝撃的な報告がありました。くらげは神経細胞が体全体に張り巡らされているので、体を動かすことはできますが、中枢神経系(脳)はない生物です。



何をして「眠っている」と判別したかというと、覚醒しているときなら反応する刺激を与えても、すぐには反応しない時間があることでした。さらに、20分おきに水槽を振動させて睡眠を妨げたところ、動くべきタイミングに動きが少なくなったといいます。これは睡眠不足を補おうという、ホメオスタシスが働いた結果といえます。



睡眠の定義は4つあります。


1、寝初めと、起きたときが判別できる

2、あまり動かなくなる

3、外界からの刺激に鈍くなる

4、眠らせないと、そのあと深く長く眠る


これらに照らし合わせて、クラゲの睡眠が発見されたのです。



その後、2020年に九州大学などの研究チームによって、ヒドラも眠ることが報告されました。ヒドラはクラゲやイソギンチャクの仲間で、体長は1cm程度。田んぼや池の水草や石などに付着している生物です。



このヒドラもクラゲと同様の行動パターンがあることから、睡眠があることが確認されました。さらに、人間に睡眠を促す作用があるメラトニンやGABAを与えると、ヒドラでも同じ効果が確認されました。また、ヒドラには睡眠をコントロールする遺伝子があり、睡眠の制御因子が他の生物と共通していたのです。



脳を持たない生物の段階で睡眠のメカニズムができあがっていたら、睡眠は脳のためのシステムではないことになります。生物が脳の獲得から睡眠を進化させたのではなく、むしろ睡眠から始まり覚醒を進化させた可能性があると、ヒドラの睡眠を発見した研究者は問いかけています。



眠っている状態が生物の本来の姿だとしたら、どうでしょうか。



私は生に対する意識が逆転するような衝撃を受けました。確かに睡眠中はエゴとしての自分から解放され、そのままの自分でいられる時間です。それが生物本来の姿だということは、納得がいきました。



睡眠学は「脳の聖域」と呼ばれている、未開の領域です。

今後の新たな発見が楽しみです!

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